金儲けがモチベにならない理由

POSTED BY DANNY CHOO On 木 2013/05/30 16:22 JST in ジャパン

不思議な事に、世の中には僕が金儲けの為だけに動いていると誤解している人が大勢いるようです。もしこれが本当なら、僕は今とは全く異なる仕事をしていたので変な話ですね。

今日は僕がどのようにしてお金を稼ぎ、そのお金がモチベでない点を踏まえた上で、何が僕を本当に駆り立てるかをお話ししようかなと思っています。

お金にしか興味がなかったら

もし僕がお金にしか興味がなければ会社から独立せず、年収約3000万円稼いでいたアマゾンのウェブサイトマネージャーやマイクロソフトのプロダクトマネージャーとしてサラリーマンを続けていたに違いありません。
あの頃と比べると、今の会社での僕の年収は120万円と、社員に払っている額よりも少ないです ^o^

アマゾンから仕事のオファーを頂いた同時期頃に、Ebayからのお誘いもありました。リクルーターは企業のオファー額に応じて報酬額(僕の年収の30%)が増えるので両社は担当の手引きによって入札戦争へ。結局Ebayの方がアマゾンを大きく上回るオファー額を提示してきましたが、僕はオークション関係よりeコマースの方に馴染みがあったのでアマゾンをチョイスしました。大事なのはお金ではありません。

アマゾンとマイクロソフト時代の様子にご興味のある方はこちらの記事からどうぞ。

僕の場合は仕事が趣味で、必要なものは殆ど会社の経費として落とせるので今の給料でも十分やっていけます。
僕が携わっている仕事の商品(フィギュア、ドール、機械類)はタダで頂く事が多いので、お金を沢山掛けずに欲しい物が手に入ります。
また、海外旅費もその都度僕を招待して下さるコンベンションに大部分を負担して頂いています。

でも何故もっと自分の給料をもっと受け取らないのかというと、必要以上のお金は要らないからです。一番大事なのは出来る限り会社の方にお金を回してスタッフ達の給料を支払い、会社を経営し続けて成長させる事です。

もしお金にしか興味がなければ、現在アップルやグーグルで上役を務めている仲間等から頂いているオファーに応じるという選択肢もあります。この手を取れば給料UPのみならず、以下の事も可能になります:-

  • 一日数時間以上の睡眠時間が得られる。
  • 給料が安定するので収入やスタッフの人件費の心配事がなくなる。
  • 家族と一緒に過ごす時間が増える。
  • 患っている脊髄ヘルニアにこれ以上の負担を掛けず、健康をもっと気遣う時間が増える。
  • サラリーマン時代には時折あった海辺でのリラックスタイム。
  • アマゾンとマイクロソフト時代には可能だった午後6時退社。
  • 夢の車である日産フェアレディZを購入できる ^^;

会社を辞める頃にはディレクター職の直ぐ下のところまで昇進しました。そのまま続けていれば給料UPに加え、例えば「従業員を10人減らして10万USドルの報酬をGET」などと言ったインセンティブボーナスも貰えました。

ちなみにこの写真は六本木にあるグーグルオフィスで撮ったものです。食堂はこんな風に無料で取りたい放題!

人生はジグソーパズルのようなものだ

人間の基本的欲求は食事と住居で、現代社会においてはお金さえあれば確保に困る事はありません。個人的にはこれらの欲求が満たされた時点で、会社でより多くのお金を稼ぐ事への関心はなくなりました。

人生はジグソーパズルの様なものです。最初は何処にどのパーツが嵌るのか分かりませんし、必要なピースが何処にあるのかも分かりません。しかし、人生でそれらのパーツを一生懸命探し続け、どこに嵌まるかを当てなければいけない事には変わりはありません。あなたに起る全ての出来事はパーツです。もしもいつもの学校、職場に退屈し、「もしこうであれば…」と自分に問いつめている様であれば、それはそこでパーツを拾い尽くしたサインです。

独立した一つの理由は僕が会社でこれ以上チャレンジに晒され、定めた目標を達成したりして成長できる余地が無いと感じたからです。
そしてそれ以上に、会社務めの生活で求めていたジグソーパズルのパーツを拾い尽くした感がありました。
パーツはお金では手に入れられないので、いくら稼いでも意味はありません。

会社経営はジグソーパズルのパーツが沢山集まりますが、僕が今迄経験してきた中では最も難易度の高い挑戦の一つです。
今となっては毎日がチャレンジで、次々と目標を達成しながら成長しつつあります。会社経営の負担で僕の体の老化も早まりましたが ^^;

末永みらい

マイクロソフトを離れた後、Mirai株式会社を立ち上げました。当初はWebコンサルティングが主な業務で、最初の頃はディズニーやコロンビアなどのクライアントを抱えていました。ディズニーのコンサルタントを務めていた頃は、向こう側から仕事のオファーを頂く事もありました ^^;

2007年には本サイトのマスコットキャラクターである末永みらいも生み出し、誕生以来、僕は世界中で彼女のブランド力を高めてきました。みらいちゃんはこれまで、日本のゲームやアニメで出演させて頂き、マレーシアの電子マネーカードのTouch n Goのマスコットキャラクターにも選んで頂きました。
また、みらいちゃんのfigmaねんどろいどのフィギュアも発売されていて、今後ももっと種類が増える予定です。みらいちゃんやコラボ企画については彼女の専用ページをご覧下さい。

みらいちゃんは世界中の沢山の方々にサポートして頂いており、上の写真はサポーターであるコスプレイヤーさん達を何人かピックアップしたものです。詳細は彼女のコスプレページをご覧下さい。

みらいちゃんは日本ポップカルチャー分野で活躍する様々な人気イラストレーターの方々にもイラストを描いて頂きました。これらのイラストの多くは弊社がプロデュースしているグッズにも使われています。これらのイラストを含んだ壁紙はこちら

みらいちゃんは世界中の方々にサポートして頂いていますが、他のキャラ程人気ではありません。僕がお金にしか興味がなければ、みらいちゃんではなく、まどかマギカなどの人気タイトルのライセンスグッズを作ってもっと儲かっていたと思います。COSPAのようにライセンス商品のみを作るという手もあります。

一部の人達には僕がファンを利用してグッズを売っている、とも言われていますが、その理屈だと珈琲を飲みたい人達に珈琲を提供しているスターバックス、食料品を必要とする人達に食料品を販売している東急ストアや電車を使う人達に電車を提供するJRにも同じ事が言えます。

上の画像は僕達が開発した日本語学習用フラッシュカードの「もえかな」です。もえかなは世界中で数万パック(アマゾンJapanではアニメグッズランキング第2位を獲得)売れましたが、けいおん!などの他の人気キャラを採用していれば販売量はこれを大きく上回っていたに違いありません。金儲けの為だけにこのグッズを開発していたら、おそらくこの道を選択していました。

僕の原動力がお金だったとしたら、末永みらいより売り上げがもっともっと期待出来る初音ミクやソード・アート・オンライン等のキャラTシャツしかプリントしていませんでした。また、アニメTシャツは6000円でも市場で許容される値段なので、他の会社と同じ価格帯に設定していました。

なるべく多くの読者達にみらいちゃんグッズを買わせようと意図していたら、今のようにTシャツやポスターの値段が払えない人向けに自主製作の素材となる高解像度のフォトショップファイルを無料配布したりはしません。

カルチャージャパン&ジャパンモード

カルチャージャパンジャパンモードなどのテレビ番組も幾つか監督/プロデュースしています。スポンサーにはパナソニック、トヨタ、グッドスマイルカンパニーやブシロードがいます。

一部の人達には金儲けの為に番組をやっていると言われていますが、ところがどっこい、テレビ番組制作はお金になりません!

沢山予算が割り当てられる他のテレビ番組と比べると僕がプロデュースしている番組は低予算。お金を「儲け」てはいませんが、アウトソーシングに頼らず、自分でプロダクションの大部分をこなす事でお金を「節約」する術を身に付けました。カメラと音響機材の扱いやFinal Cut Proの使い方もグーグル先生に聞くだけで会得できました。

スポンサーの商品は時々番組内に現れますが、プロダクションの制作費を頂いている以上は当然です。スポンサーの方に商品やブランドを番組内には出さないと言い張ってプロダクション制作費を要求するのはありえない話です。

当ブログでは長い間、写真を通して日本文化を広めてきましたが、写真では表現できない、映像からでしか伝えられない事もあるのでテレビ業界に進出しました。日本の祭りで飛び交う音やその場の雰囲気もその一例です。

上はコナミのチームと一緒に撮った写真です。彼らには僕のチームが開発/ライセンスしているミライガイアというWebプラットフォームを使って頂いています。当サイトもミライガイアを使っています。
ビジネスのやりとりとしては僕がライセンス料を頂く代わりにプラットフォームのライセンスを与え、管理するといった非常にシンプルなものです。

一部クライアントではFacebookやTwitterなどのソーシャルメディアネットワークの管理を任せて頂く事もあります。そしてクライアントはプロダクションI.G、キングレコード、グッドスマイルカンパニー、ブシロード、角川、アスキーメディアワークス、ゆずソフトなどと、アニメ業界の企業が殆どです。

企業から報酬付きの商品宣伝依頼も頻繁に受けます。こういったやりとりは他の会社では一般的な取引やビジネスモデルですが、僕の場合は個人的に気に入った商品なら無料で紹介させて頂いています。お金と引き換えに全く興味が無い商品を紹介するという行為は僕のプログラムにはありません。

数年前から日本の経済産業省とも様々なプロジェクトに携わってきました。そして今年はクリエイティブ産業国際展開懇談会のメンバーに任命され、バンダイナムコゲームズ、ソニー・ミュージックエンタテインメント、ホリプロ、講談社、伊勢丹、三井不動産、TBS等の会社のトップの方々と集まり、日本のコンテンツをいかにして世界へ広められるかについて議論しています。

僕としては、趣味から始まりビジネスとまで発展したこの日本文化を海外に紹介する仕事を日本政府に認めて頂いた事自体が光栄なので、この役は無報酬で請け負わせて頂いております。

僕から向かって右にいらっしゃるのが経産省副大臣の菅原一秀さん。委員会の名簿は経産省ウェブサイトにて。

ジミー・チュー

今度は少しばかり昔話です。ご存知の通り、父は靴デザイナーのジミー・チューなので、勝手に僕が金持ち坊やだという印象を抱く人も少なくありません。僕を金持ちだと呼んでいる人は大抵親から何の躊躇も無くお金を受け取ったり、せびる事もあるかもしれませんが、世の中全ての人がそうやって生きている訳ではありません。

僕は、両親からは両腕、両足とそれなりに健康的な体など、自分で稼ぐ上で必要な物は既に全部貰っています。喘息と脊髄ヘルニアを患ってはいますが、比較にならない程重い病気で苦しんでいる人達もいるので文句は言えませんね。

父に最も感謝している事は、僕が自分の手で成功を掴み、自分で稼ぐ道を与えてくれた事です。ただ単に受け身で生きる、植物のような人間に育っては欲しくないという願いがあったのだと思います。
昔、父には僕が世話になっていた里親に養育費を払ってもらい、時折お小遣いも貰っていましたが、母と一緒に暮らし始めた大学時代からは自分で自分の面倒を見るようになっていました。あの頃は、大学の学費が政府の補助金で賄われていたので助かったものです。お小遣いは自分で稼がなくてはいけなかったので、最初の頃はパートとして父のお手伝いをしていました。

ジャパニーズドリーム

この写真は数年前、イギリスを訪れていた時に撮ったものです。
父の元で働いている間は靴のデザインと製造工程に関する全ての事を学びました。デザイン、型の切り取り、縫合や最終工程である甲皮の仕上げ作業も出来るようになりました。ちなみにダイアナ妃の靴も作った事があります。

また、ElleやVogueなどのファッション誌とも一緒に仕事をしていて、モデル撮影に使うサンプル品を提供し、様々なファッションショーにも参加しました。仕事自体は面白かったのですが、自分が人生でやりたいのはこれじゃないという事は感じていました。

日本語学習、アニメ、マンガ、ゲーム、日本人の友人達との交流を通し、僕は益々日本の文化に惹かれ、ジャパニーズドリームを掴みたいと強く思うようになりました。しかし、このバイトをやっている以上はジャパニーズドリームは掴めなかったので、父親のスタジオを後にしました。僕は母親と一緒に住んでいたので、この後、父とは数年間会いませんでした。

僕がどうやって日本語を習得して日本まで辿り着いたかについては日本文化との出逢いが僕の人生を変えた理由の記事で詳しく書いています。

こうやってスタジオを去ったので、父とは仲が悪いのではないかと思い込む人達も現れ始め、オタクになった事が父の恥さらしだとバッシングを受けた事もあります ^^;
勿論そんな事はなく、父は僕の仕事に賛同してくれていて、彼もみらいちゃんの大ファンです!僕が参加しているマレーシアのイベントにも必ず来てくれます。
この写真はカルチャージャパンナイトペナンで撮ったものです。

父のスタジオを辞めた頃は収入源も途絶え、あまりよろしくない状況でした ^^;
そこで僕はリチャード・スタノウスキというタレント事務所と契約し、アジア系の出演者が必要な時に呼ばれ、テレビドラマやCM、ドキュメンタリーに出演しました。

特に印象深かった思い出は、Discovery Channelの花火に関するドキュメンタリー番組を田舎で収録していた際に、複葉機が低速低空飛行で出演者とカメラの前を横切った瞬間でした。透き通るような青い夜に映ったその光景に僕の背筋はゾクゾクし、この人生で何かを成し遂げたいという気持ちに掻き立てられました。

この写真は「レッツ・オシャベリ」という出版物で、イギリス国内の日本人が基礎的な英語フレーズを学ぶ教材です。僕はこれの出版元で、英語を日本語に訳すアルバイトの仕事も見つけました。

紅花という日本料理レストランでもアルバイトを始めました。仕事内容は包丁を投げ回して客を時折病院送りにする料理人ではなく、ホールを走り回るウェイターとして皿を運び、皿を洗い、時折皿を割ってたりしました ^^;

紅花を選んだのには幾つか理由があります。その一つは、紅花に沢山来る日本人のお客さん達と日本語で話す機会があったからです。
もう一つの理由は、日のいずる国へのチケットを買う為の資金を溜めたかったからです。日本に行って、出来る限り日本文化を吸収するのが目標でした。

初めて支給された給料は今でも覚えています。タフなスケジュールをこなしても、明細にはほんの数桁しか記載されていませんでしたが、始めから期待してはいけないのは分かっていました。日本へのチケット代と余分のお金を蓄えるのには一年も要しました。来日後はイギリスへ帰国し、翌年の日本旅行に向けて再び紅花で働き始めました。

父から沢山お小遣いを受け取っていたらこんな薄汚い場所に妻と一緒に住む事はなかったですね。少なくとも、キッチンの流し台で洗濯をしなくてもいいような場所を選んでいました。とは言っても、屋根すらない所に住んでいる人達がいる事もよく理解しているので、文句は言えません。

大学卒業後は日本航空のエンジニアとして就職し、後に日本に引っ越してネイチャーという科学雑誌のWebマーケティングを管理。そこから、アマゾンとマイクロソフトでキャリアを形成していきました。

もし父から大量のお小遣いを受け取り、お金にしか興味が無いような人間に育っていたら、自分の手で稼ぎ、キャリアを形成する理由などなかった筈です。

お父さん、ありがとう

つい最近、僕の会社の正社員候補者と面談する機会がありました。彼はゲームとアニメを見ながら独学で日本語を勉強し、流暢に話せましたが、出来る事はその一点のみ。
面談中はPixivのWebサイトのユーザーインターフェースを改善するとは言っていましたが、実際どう改善するのかを聞くと答えられませんでした。

彼の話によれば、彼は両親の支援を受けて日本で勉強していて、所有しているアニメグッズも全て親のお金で買った物だそうです。

何故、卒業後も日本に残りたいのかと聞くと、アニメイベントに参加して、親から貰ったお金でグッズを買う為、という返答が返って来ました。

更に、10億円当たったら何に使うかという仮定の質問をしたら、彼は家を購入すると返事しました。

面接はこの時点で終了。僕は彼の食事代を払い、健闘を祈って解放しました。

改めて僕を植物のような人間に育てなかった父に大感謝。

遠い昔、僕は直近の目標は好きな物を買って、好きな物を食べて、好きな場所へ旅行するお金を稼ぐ事、などと書きました。
しかし最近の僕はお金を沢山持っている訳ではないし、お金が無い訳でもなく、人生で本当に欲しているものはお金では買えないものだという事を気付き始めました。それは何だかというと、自分で定めた目標を達成し、教訓や失敗から学んで経験を積み、己を磨き上げる事です。

僕のモチベーション

一番最近のプロジェクトでは60cm級のロボットドール(スマートドール)を開発しています。ドール製作では未経験だったり、予算の少なさから開発が思うように進まなかったりと課題はありますが、こういったチャレンジこそ成長の糧です。また、ホビーメーカーとして仲間達と接する事で学べる事も沢山あります。
このプロジェクトの最新情報は「あなたもメーカーになれる理由。大量生産への道。」の記事で紹介しています。

このようなプロジェクトには最終的に達成しなければならない目標を自分で定めています。定めた目標は僕のモチベーションの源の一つであり、論破対象の反対者が多くて僕の分が悪い程、パフォーマンスが向上する気がします。

読者というモチベーション

僕が幼かった頃は、両親が一日中一生懸命働いていて、とても大変な時期でした。親は家計をやりくりするのに忙しく、僕をいろんな家に里子として出すことになり、僕は子供時代のほとんどを里親の下で過ごしました。里親の家ではひどい扱いを受けたこともありましたが、両親もまた、お金や他の問題を抱えているのを知っていたので、僕はどうこう言う訳にはいきませんでした。結局、僕は白人、黒人、そしてインド系の里親へと渡り、永遠に続くかのような長い時間を過ごすことになりました。

不運なことに、ある里親は、彼らの子供達の僕に対する日常的な虐めを黙認しながら、僕の服を奪っては自分達のものにしてしまうような人達もいました。僕みたいな親がいない子供はさぞ虐め易かったのでしょう。
彼らの家では、僕は迷惑がられ、出来る限り居心地を悪くさせられました。とある晩、帰宅した時に玄関のドアが開けっ放しだった事件を覚えています。家は滅茶苦茶に散らかっていて、空き巣に入られた事が分かりました。僕は怖くなって泣き始めたら、その里親の家の年長の子供に「なんでお前が泣いているんだ!?ここはお前の家でもないくせに!」と怒鳴られました。

学校でも楽しい時間は過ごせませんでした。僕はここでも常に虐められていて、あの頃の記憶と言えば、砂利の上を引きずられたり、袋叩きにされたり、持ち物を燃やされたり、フットボールの時間は常に顔を狙われたりとした事です。学校の校庭で図体のデカい輩に「もし俺がこのバットでお前の頭を殴って殺せば、俺は刑務所行きになるだろうが、その価値はあるぜ。」と脅された事もあります。また、そんな奴に自分を殴るようにお願いして、彼の手下にしてもらう事もありました。

あの頃の僕の唯一の仲間はエア友達のバック・ロジャーズと彼の相棒ロボットのツイッギーでした。

今はこのサイトやテレビ番組を通して、自分の人生経験や趣味をシェアする事で、世界中に仲間達が出来たので昔とは凄く対照的です。

上の写真は最近東京で世界中の読者達が集まって行われたオフ会で撮影したものです。始まりの夕方頃は全くの初対面でしたが、今は皆大切な仲間です。

コンベンション関係で海外出張をしている間は、現地の仲間達と実際会って楽しい時間を過ごす事も出来ます。
僕にとって読者達と築いた友情はとても大切で、僕が走り続ける原動力でもあります。

妻というモチベーション

妻とはさっき話した日本料理レストランで出逢い、以来ずっと彼女と一緒です。彼女には長い間支えてもらい、僕が正気を保っているのも彼女のおかげです!

報復をモチベに

次はかなり大人げない話になるかもしれませんが、正直に言うと、僕のもう一つのモチベーションはアンチへの報復でもあります。ただ、僕の場合は反撃ではなく、引き続き最善を尽くして目標を達成する事に時間を注いでいます。アンチは対象が上手くやっている姿をとにかく嫌がるので、この手の報復が一番効果的だったりします。

以下は僕が直接反撃せず報復するようになった切っ掛けの出来事です。

ロンドン大学では日本語と韓国語を勉強していました。韓国語のクラスでは日本人と韓国人のハーフのクラスメートがいて、彼は幼い頃から韓国語を学ばなかったものの、ネイティブっぽい日本語を話せました。授業中、僕は彼と友達として接しましたが、他のクラスメートによれば、彼は裏で私の話を持ち出しては、「ダニーって奴知ってる?あいつ韓国語を勉強するとかマジでバカだよな。」などと陰口を叩くとんでもない奴でした。あそこまで嫌われているとは知りもしませんでしたので無論ショックでした。

そしてある日、クラスで韓国語文章の朗読に苦戦していた僕に追い討ちを掛けるように彼は立ち上がって日本語で「おい!もっと勉強したらどうだ?クラス全員の足を引っ張っているんじゃねぇかよ!」と虐げました。

この様な屈辱に晒されたので僕は怒りに震え、忘れようにも忘れられません。何処かで読んだ記事によれば、人は強い感情を伴う経験をすると脳内から特殊なホルモンが分泌され、その当時の雰囲気がリアルに記憶に刻まれるそうです。強い喜怒哀楽を伴う記憶が思い出し易いのもこのメカニズムが働いているおかげです。とはいえ、この分野には詳しくないので確証はありませんが・・・

この一件で僕は落ち込みましたが、怒りと悲しみは何の役にも立っていなかったので、彼の言う通りに、その発言をバネとして韓国語に一層励むようになりました。

日本語を勉強していた時のように、僕は新しい韓国語の単語/文法を身に付ける事に没頭し、殆どの時間をそれだけに注ぎ込み、数週間後には勉強の成果が現れるようになりました。

教授は講義では基本的に宿題に出した文法のパターンの復習を行っていましたが、僕は念の為、まだ出題されていない範囲も予め勉強し、他の参考書にも目を通していました。
それに加え、穴埋め問題を質問されても出題範囲の単語だけではなく、自分で進めて覚えた新しい単語をも用意する様にしていました。

「よく出来ましたねダニー!皆さんもダニーに続いて・・・」と、教授は好意的な反応を示してくれましたが、何だか幼稚園に戻った様な気分で複雑でしたね。アンチの彼は傍らで顔を真っ赤に染め上げながらノートブックにペンを突き刺していて、僕はその悔しがる様をとくと見届けました。最後に笑うものが最もよく笑うとはこういう事なんでしょうかね?

上の写真に関してですが、僕は最初に日本語を学んでいて、韓国語の文法は日本語のと95%類似しているので、韓国語で書かれた日本語の教科書を使って韓国語を勉強していました。

僕は最近に至っては何をやってもアンチが付きますが、彼らが周囲の注目を集めたいが為に、ありもしない悪意のある噂を流さない限り、気に留めようとは思いません。
ただ、先程も触れたように、アンチに構ったとしても自分が貴重な時間を失う上、彼らに達成感を与えるだけなので何の特にもなりません。

アンチがアンチである理由は、彼らがリアルで何かを成し遂げる能力を欠き、その代わりに対象の注目を集め、達成感を得たいからです。

アンチは無視し、怒りに任せて後から後悔するような無計画な反撃に出ず、引き続き目標に向かって元気に過ごすのがベストです。

アンチは粘着質で、対象を一歩一歩監視しているので、いずれ成功するところを彼らに見せつけてやれば計画的、且つ、致命的な反撃は成功します。アンチは対象が成功し、前進する姿がとにかく嫌いなのです。

僕のアンチには知って貰いたいのですが、僕は目標を達成する度、こんな顔をしながらアンチの皆さんの事を思い浮かべています。
僕にとっては良い意味で不思議なくらい効き目があるので、どうぞアンチ活動を引き続きよろしくお願いします。
ダニーより

僕の過去のモチベーション

日本文化との出逢いが僕の人生を変えた理由の記事では僕が日本語学習で使ったテクニックを徹底解説しました。

独学はモチベーションが無ければ難しいかもしれません。以下は僕が己を律し、日本語学習に全ての時間を注ぎ込むのに至った幾つかの要因です。

知識

アニメ、マンガ、日本ドラマや音楽はどれも大好きでしたが、最初はコンテンツの内容が理解できませんでした。中国語の教育も受けていなかったので漢字の勉強に関しても有利ではありませんでした。
日本語を勉強すればする程、馴染みのなかった言語を読み/理解する事が出来、僕はそれに満足感を感じるようになりました。

逃避

ロンドンには長年住んでいましたが、僕が住んでいたハックニーは強盗、殺傷事件などが横行する最悪の地域でした。また、ハックニーはイギリス全土で最も住みたくない町としても選ばれています。
自分はこの町を逃げたくて仕方ありませんでした。日本語学習が僕を実際どこへ導いてくれるかは分かりませんでしたが、秘訣は出来る限り勉強を続ける事だと理解し、その正しさも証明されたと思います。

友情

日本語学習を切っ掛けに、ロンドン市内で沢山日本人の友達も出来、彼らとはよく話しました。彼らは英語を勉強していたので、僕もなるべくお手伝いをしていましたが、会話が日本語に戻りがちでした ^^;
僕は思った事や感情を効果的に相手に伝えるには日本語を出来る限り学ぶ必要がありました。

憧れ

実は僕が当時惚れていた西田ひかるも勉強のモチベーションの一つでした。彼女の事は雑誌、CDやVHSテープからなるべく多くの情報を引き出したかったので日本語を勉強がさらにエスカレート^^;

居場所

日本への旅行を重ねていくうちに自分の居場所は日本だと確信しました。
当時は録音機を片手に渋谷に向かい、交差点の雑踏や隣で友達と待ち合わせをしている人達の会話等の環境音を録音していました。

イギリスに戻った後は部屋の周りにスピーカーをセットし、渋谷で録音した音源を流して目を閉じると、その瞬間に渋谷に戻った気分になれました。
紅花でお金を十分に溜めるまで、もう一年は日本に訪れる事ができないのは分かってはいましたが、渋谷の音を聞いているととてもやる気が上がり、日本語を勉強している間はいつもその音を流していました。

僕は毎日繰り返し自分にこう言い続けていました。

「絶対に僕は日本に行く」
「絶対に僕は日本に行く」
「僕は日本に行くんだ」

デフォルトのテンプレート人生 - 満足できる人もいますが、皆さんはどうです?

僕はこれまで様々なアンケートを見て来ましたが、殆どの人は月曜日が大っ嫌いで、大半は宝くじに当選したら仕事を辞めるそうです。こういうアンケートからだと、この人達は金儲けの為だけに仕事をしているように受け取れます。

ただ、お金が基本的欲求である食事と住居を満たす上では必要不可欠である事は否めません。家族の面倒を見るのにも、結局はお金が必要となります。

生物のDNAには、反射神経と生きる意志でなるべく長く生き延びるよう、本能がプログラムされています。現代社会における人間はお金が生存の糧となっているので、それが人生を大きく左右する決断に強い影響を及ぼすのは不思議ではありません。

ただ、殆どの人はそのまま生きていれば、お金をコンセプトとしたデフォルトのテンプレート人生しか歩まなくなります。

デフォルトテンプレート人生には良い学校に通い、良い大学に入学して、良い仕事に就き、きちんと光熱費と家賃を支払い、翌日も光熱費と家賃を支払えるように働く、という筋書きがあり、このサイクルは人が一生を終えるまでずっと続きます。

このテンプレート人生には満足する人もいるので、僕はどうこう言うつもりはありませんが、皆さんは本当にこのテンプレートで形成された一生を過ごしたいと思いますか?

ちなみに上の写真は僕達が時折気まぐれで買う宝くじです。しかし、妻とは何時も口を揃えて言っていますが、もし例え当選しても僕らの仕事内容は大して変わりません。とはいえ、さっきも話した日産フェアレディZは購入するかもしれませんが ^^;

金儲けの為じゃないのなら、全部無料でやってもいいんじゃないの?

時折こんな興味深い質問も受けますが、あまりスマートな質問だとは思えません。

例えば子供の遊び場を作っている建設作業員が3人いて、彼らに何をしているのか質問をしたとします。

建設作業員1は「お金の為に働いています。」
建設作業員2は「遊び場を作っています。」
建設作業員3は「子供達が集まって一緒に遊べる場所を作っています。」

建設作業員3は仕事の対価としてお金を貰っていますが、仕事内容に対する見方は他の作業員より全体論的です。

お金は確かに人間の基本的欲求を満たす上では必要ですが、それ以外にも欲しい物を手に入れて人生をより豊かにする事もできます。

先程も触れましたが、僕のモチベーションは金儲けではありません。もしそうだったら、僕は世の中の動向に興味を示さず、未だにリーマン生活を送りながらお金を稼いでいた筈です。皆さんが今読んでいるこの記事はおろか、このサイトすら存在していません。

僕が今練っている、後世にも残したい世界を変革する大きな目標を達成する為には全体論的なアプローチを必要とし、お金に気を取られている限りは達成できません。
お金は幾ら持っていても、人生が終わればなくなる有限な存在です。

皆さんは自分のモチベーションが何だか考えた事はありますか?

皆さんは何に掻き立てられ、何がモチベーションになるか考えた事はありますか?
自分のモチベーションは成功、チャレンジと成長である事は把握済みですが、モチベーションについて更に理解を深めたいので調査中です。調査結果は近い将来に皆さんとシェアしますが、一先ずは皆さんがご自身のモチベを把握し易くなる方法を思い付いたのでここでちょっと紹介します。

何かに向けて一生懸命努力していた時の事を思い起こしてみて下さい。目標の達成、何処かに辿り着く目標や何かを手に入れる目標だったり、理由は様々だったかと思います。
その瞬間、何が原動力でしたか?

何故その目標を達成しようと思い立ったのですか?
何故その場所に行き着こうと思い立ったのですか?
何故それを手に入れようと思い立ったのですか?

競技に参加している方々はどうでしょうか?皆さんは楽しいからその競技に参加しているのですか?勝敗は気になりますか?己の限界を極めたいから参加しているのでしょうか?それとも他者を超える為でしょうか?
競争相手が劣っていて、常に余裕の勝利だったとしてもその競技が面白いとは思いますか?

僕はモチベーションを研究するようになってからは、日常生活の一つ一つの行動の裏にあるモチベを意識するようになりました。何の為に朝起きて、何の為に食事を取り、何の為に電車に乗ってミーティングに向かうのか、などです。

モチベーションとなる要素は生存本能に関連する部分もあります。近い将来、この分野に詳しくなったら内在的/外発的モチベーションについてもお話しようかなと思っています。
モチベーションについて考える機会を作れば、願わくば、目標をより上手く達成する方法を見つけ、人生を形作る選択を早め早めに決め始める事が出来るかもしれません。

キャリアに関する他に書いた記事は下記にリストアップ。